第16回☆前日譚小説☆~樹里編~

更新日:2022-12-10





「 ――よおしっ。じゃあ、行ってくるねぇ。樹里ちゃんも、今日はアッチにあがっちゃっていいから、お仕事がんばってねっ 」



「 はい! いってらっしゃいませ、ねえさまっ! 」



 ジュリは千代ねえさまをいっぱいいっぱいの笑顔でお見送りして、
 ねえさまのお言葉どうりに《 お館 》から《 お屋敷 》へお戻りさせていただくことにします。



 ――そうです。その前に千代ねえさまの明日のご予定も、お確かめしておきませんと。 



 お客さまのご指名や、ご対応を書き留めた帳簿の確認。それも、ジュリのできるお仕事です。ご担当方の元へ足を向けます。



 帳場に着くと優しい笑顔で《 お姉さま 》が迎えてくれました。



「 あら、樹里ちゃん。お疲れさまぁ。帳簿ね? 」



「 あっ、スミレさん! 本日もよろしくお願いいたしますっ 」



「 今日もまた元気ねぇ、可愛いくて素敵よぉ。樹里ちゃんを見てると、お姉さんも元気でいられるから嬉しいわ。少しだけ待ってて頂戴なぁ 」



 帳場のご担当であったスミレさんからジュリの元気をお褒めいただけて、くすぐったくも嬉しい気持ちでいっぱいです。



 ジュリはまだまだ《 お姉さま 》たちからお見習いすることが多いぶん、
 こうやってお褒めいただけることを沢山たくさんやってお返しをさせて貰おうと思っています。



 なので、ジュリはもっともっと頑張るのです!



「 お待たせさまぁ。……いつも、置いている場所から何故か移動しちゃってるのよね。れすな様かしら……? 」



「 あっ、ありがとうございます。ご拝見させていただきますね 」



「 あ、はぁい。どうぞー 」



 帳簿を頂戴してパラパラと指先で紙を捲っていきます。えっと、今日が十二月の十七だから……明日の十八……十八……。あ、見つけました。



 頁を探し出し、ねえさまのお名前を確かめ……。



「 ……あれ 」



「 どうしたの? 」



「 あ、いえ。千代ねえさまの明日以降のご予定が、なにも書かれてなくて…… 」



 スミレさんへ帳簿を逆さに向けお見せする。
 そこには何度と確認をしても『 砂羽村 千代 』の名前に続くはずの記載はありませんでした。



 ねえさまは毎日をほとんどとお客さまのお相手をなさっているので、
 前日のご確認がジュリの《 お仕事 》。いつもこれをして明日の、千代ねえさまのためのご準備を考えます。



 いつもは少なくとも絶対に一日にお一人、多くとあれば五人ほどのご指名が書かれているのに、今日の帳簿には真っ白な『 空白 』。



 よくよくと紙を捲って見てみれば明後日、明々後日とも同じく、何も書かれていません。とても、とてもフシギでした。



「 千代ちゃんに指名が無いなんて確かに不思議ねぇ。あの子、このお館の黒柱なのに 」



「 もしかして、れすな様のお書き忘れでしょうか? 」



「 う~ん。あの方も適度-てきとう-なことあるけれど、こういったことはしっかりなさっているから、あまり考えられない……と思うけれど 」



「 どうしましょう……ご確認はしておいた方がいいのかも。スミレさん、れすな様ってまだコチラにいらっしゃいますか? 」



「 ごめんなさい。実は今日一日、見かけていないの。もし帳簿の移動がれすな様のものなら、
 いらっしゃってても良さそうなのだけど……まだお姿は一度も見てないかなぁ 」



「 そうですか…… 」



「 明日《 お仕事 》前にでも事情を訊いてみるしかないわねぇ 」



「 そう、ですね。……はいっ! 明日、ねえさまの立ち寄り前にお尋ねしにこようと思います。スミレさん、ありがとうございます! 」



「 ワタシは何もよ。今日はもう《 お上 》にあがるのよね? 」



「 はい、これから才花ねえさまをお手伝いに向かおうと思います! 」



「 そう。才花ちゃんも折角出られたのに、大変なお仕事に就いちゃったわねぇ……
 それでも樹里ちゃんがお手伝いしてあげられるなんて、才花ちゃんはきっと幸せなはずだわ 」



 スミレさんのその言葉に、心の中でポカポカした気持ちになります。
 ねえさまが、ねえさまたちが《 シアワセ 》なら、ジュリにもそれがきっと《 シアワセ 》なのですから。



 明日『 れすな様に帳簿の事情をお伺いする 』を自分の頭に予定で入れて、
 頑張ってねと送り出して下さるスミレさんへお礼を述べてから、手を振って笑顔で《 またね 》をしました。






 …………






 ……






 …






「 はッ、あ、ただいまお戻りいたしました。本日の、お手伝いをさせてください! 」



 お屋敷へ早足に戻り、裏側を回ってお仕事に手をつけています才花ねえさまのもとへ急ぎました。



 才花ねえさまは客間用の布束をお持ちになって向かわれるところだったようです。



「 おかえりなさい樹里さん。……アナタ、そんなにまた息を切らせるほど急いできて……
 お手伝いしてくれる気持ちは嬉しいけれど、そんなに息を切らせた状態でお客様に見つかれば少しお見苦しいわよ? なるべく落ち着きなさいな 」



「 あっ、ご、ごめんなさい才花ねえさま……早くお手伝い、したくて! 」



 気持ちに走りだしてしまい、お客さまの眼を忘れてしまってました。うう……ジュリはこんなのだからまだまだです……。



 ねえさまは器用に片方のお手で亜麻の布束を支えると、空けたもう片方で袖にかけていた手ぬぐいを取り、少し汗に濡れたジュリの額をぬぐってくださいます。



「 ……言ったわ。気持ちは嬉しいと。でも、このお仕事であれば尚更と落ち着きが大事よ。
 ――とくに《 ここ 》ではね、周りからどう見られてしまうかは都度に考えなさい 」



「 は、はい。ねえさまぁ……えへへ……ジュリはねえさまたちのお力になれるよう、頑張りますっ 」



 ねえさまからの大事なお教えを貰っている最中なのに、ぬぐってくれる手が優しく、布がくすぐったく、思わずも笑ってしまいました。



「 ……ほんと、アタシたちに付いていて、なんでこんなに……まぶしい…… 」



「 ? どうかされましたか、ねえさま? 」



「 ……いいえ、なんでも無いわ。実のところ今日の業務らしい業務は、これで最後よ 」



 手ぬぐいを仕舞うと両手で改め亜麻布を持ち直し、ジュリの目線に掲げます。手に持たれていたのは洋室客間用のものでした。



 洋室用ということは、お立場が大きなお客さまの宿泊となるためご用意が大事となるそうです。
 ……ジュリはまだまだなので、お任せはしていただけないお仕事となっています。



「 そう、なのですね。残念です……明日はどちらからお客さまがいらっしゃるのでしょうか? 」



「 アタシもその話はまだ。このあと主人とお義父様たちを交えて、お話の場が設けられているの。ただ、……お義父様にとって《 大切なお客さま 》だとは聞いているわ 」



 だから丁寧な用意が必要なのと、ねえさまは言を続けられます。ジュリはそこでふと、今のこの旅館の状態を思い出しました。



 これはジュリたちが《 梅園家 》に来てから、はじめてのコトかもしれないと。



「 では明日のお客さまは、トカイから女性のお客さまと《 大切なお客さま 》……
 洋室の客間お二つに、お二人のお客さまだけということでしょうか? なんだか、めずらしいです 」



「 そうね。アタシたちが《 お屋敷 》に来てから、こんなことは正真正銘に初めてよ。
 それでも、お二人だから数としてはさほどでも洋室のお客様となれば、いつも以上には尚更に気を締めざる得ない。……何も問題がなければ、良いのだけれど 」



 やはり、はじめてのコトだったようです。さきほどの帳簿のコトと重なり、今日はどこも色んなコトがヘンテコだなぁなんて思ってしまいます。



 それでも才花ねえさまのお声の調子は、不安を感じとれてしまうような細さ。ジュリはこれから自分にできることを頑張ろうと決めました。



「 ジュリも、ねえさまをお手伝いいたします! 何をしましょう! 」



「 ……だから、今日はもう樹里さんにお手伝いして貰えることは何も無いのよ 」



「 あう……そうでした…… 」



「 身なりを整えて過ごしなさいな。千代さんも……しばらく、帰ってこないでしょう。今日は先に湯あみを済ませて就寝してなさい 」



「 才花ねえさまは、いつお休みになるのでしょうか? 」



「 アタシも遅いわ。さっきも言ったけれど主人たちとお話もあるの。……いつも茶会などと理由をつけて頻繁に呼び立てるのに、
 今日は珍しく真面目なんだからあのヒト……明日も早いというのに。ほんとう、何を考えているのよ…… 」



 少し怒られた様子でひとり言を仰るようになった才花ねえさま。
 最近はとくに、ご無理をしてるみたいでお身体やお気持ちに変調をもたないか心配になってしまい……
 ジュリは思わずと、言わずにはいられなくて言ってしまいます。



「 ね、ねえさま。このたびのお仕事が一息ついたら、少し……お休みをいたしませんか?
  ジュリと千代ねえさまと、お出かけでもいたしましょう。そうです! 昔みたいに三人で……お義父さまやお義兄さまには、ジュリから頑張ってお願いしてみますので! 」



「 樹里さん……? 」



「 ねえさまはきっと、ご無理でお疲れになっています……。お身体が障られそうで心配になってしまいます。ねえさまたちは……ジュリには《 タカラモノ 》なのです 」



 ――もっと、もっと……ねえさまたちの力になりたい。



 ――もっと、もっと……ねえさまたちをお助けしたい。



 ――はやく、はやく……もっとはやく大きくなりたい。



 ねえさまたちが笑ってくれるような今日を、明日が、明後日も。壊したくない。壊れたくない。壊れて欲しくない。
 笑って貰えるために、元気にしてあげられるような《 樹里 》に、ジュリはなりたいのです。



 才花ねえさまはナニカが眩しそうに眼を細めたかと思うと、ジュリへ小さくもお答えくださいました。



「 ……そう……そうね。少しだけ……考えておくわ。樹里さん 」



「 ――はいっ、ねえさま! 」






 抜粋
 小説:《 樹里のタカラモノ 》
 文:麻木ななみ

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